TYPICA Lab 序章

〈エイプリルフール〉

“この度、橋本様お二人を、TYPICA Labのメンバーにノミネートさせて頂きましたのでお知らせいたします。”

そんなメールが送られてきた4月1日、状況を整理するのには随分と時間がかかった。

送られてきた内容を整理すると

①TYPICA Labは、日本を代表するコーヒーロースターが生産地に集い、様々な事を体験する。その内容はドキュメンタリー映像化され世界中へ発信される。

②TYPICAさんに登録されている約2,300件のロースターの中から、TYPICAのコンセプトに深く共感している日本国内のロースターを厳選。コーヒー業界のこれからを牽引していく37ロースターがノミネートされている。

③ロースターをグループ分けし、それぞれのグループで生産国を旅する。

ということだった。

ふたりで顔を見合わせて『有里:エイプリルフールじゃない?』『店主:ノミネートってことは多分ここから絞られるよね…?』『有里:日本を代表するようなロースター…汗』

メールの文章を何度も読み返しながら、ああでもない、こうでもないという会話が延々と繰り広げられた。(後に、ノミネートされたロースターは全員もれなく生産国に連れて行ってもらえるという事がわかった。)

〈TYPICAさんとの出逢い〉

実際、私たちのお店はたった7席の小さなコーヒースタンドだ。1kg容量の小さな焙煎機で、毎日少量ずつコーヒー豆を焙煎している。月間の焙煎量もまだ200kg前後しかない、いわゆる”マイクロコーヒーロースター”の位置付けになると思う。

そんな私たちがTYPICAさんを知ったのは、誰かが投稿していた、東京で開催されていたコミュニティカッピングの映像だ。

“麻袋1袋(60kg)からダイレクトトレードができる”というパワーワードに惹かれ、思わずInstagramで『東北でコミュニティカッピングを開催してもらえませんか?』とメッセージを送っていた。

TYPICAの藤井さんとメッセージのやりとりをする中で、こんな小さなロースターのメッセージをしっかりキャッチしてくれる細やかさ。そして日本のコーヒーカルチャーを前に進めていこうという強いエネルギーに感銘を受けた。

コロナ禍の影響もあり、様々な困難があった中…2020年11月に開催された東北初となる仙台でのコミュニティカッピング。ペルーのカルティバーコーヒーから、彩り豊かな素晴らしい味わいのコーヒーが並んでいた。

私たちが初めて購入したロットは、ベリーやキャラメルを想わせる芳醇で豊かな風味を感じられた、女性農園主であるスージーさんのコーヒーだった。

コミュニティカッピング中、カルティバーコーヒーのリサーネさんがそれぞれのコーヒーに対する質問に丁寧に答えてくれた。

スージーさんのコーヒーは、ウォッシュドでありながらもナチュラルのような複雑な果実味や甘さがあり、なぜこのような風味が生まれるのかを疑問に感じ質問した。リサーネさんは、リアルタイムで農園情報にアクセスして、発酵工程の工夫でこのような風味を生み出しているんだと教えてくれた。

これほどまで生産国や生産者に直接的にアクセスできることはあるのだろうか?

いままでは、商社のラインナップから情報を閲覧し、価格とテイストコメントから購入する生豆を決めるのが当たり前の世界だったと思う。

この1日は、私たちの当たり前の世界から少しだけ突き抜けた時間となった。

〈あおもりでダイレクトトレードのコーヒーを淹れることの意味〉

TYPICAさんを通じて、私たちのような小さなコーヒーショップでも、様々な生産国からコーヒーをダイレクトトレードできるようになった。

ペルーからはじまり、ボリビア、コロンビア、グアテマラ、エチオピア、ケニア、タンザニア、インドネシアと現在では8つの生産国からコーヒーを仕入れている。

いい点ばかりをここまで挙げているが、もちろん課題もある。小規模ロースターの多くは、生豆を1kg〜多くても30kgくらいを購入し、なるべく在庫を抱えない(キャッシュフローのリスクを背負わない)選択肢を取っていると思う。経営者の判断としては至極妥当だ。

私たちが素晴らしいと思って購入したコーヒーも、消費者にとって素晴らしいかは全く別の話で、私たちの力不足も重なり奮発してたくさん購入したコーヒー生豆が余ってしまうこともあるからだ。

入港予定日から数ヶ月遅れて日本に生豆が到着することも何度かあり、仕入れの計画を立てづらいことも大きな課題だと思う。

では、これまで通りの仕入れ方法に戻した方がいいのか?

私の答えは違う。

TYPICAさんを通じて世界中の素晴らしいコーヒーや生産者に出逢えることに喜びや幸せを感じるし、実際にお客様にコーヒーをご紹介する時の熱量の変化を感じているからだ。

お客様からも『先日いただいたロランドさん(ボリビア)のお豆がすごくおいしかったからまた買いに来ました!』とか、『マルコスさん(ペルー)のアイスコーヒーが最近のお気に入りです!』など、コーヒーの液体そのものだけでなく、コーヒー生産者に対して興味を持ってもらえる機会も増えてきたと感じている。それは、バリスタ・ロースターとしてもとても喜ばしいことである。

日本の、青森市という地方都市の商店街にひっそり佇むコーヒー屋で、遥か遠くからやってきた生産者のコーヒーを片手にコミュニティが生まれる。それって、本当に奇跡のような時間ではないだろうか?

だからこそ、小規模ながらもダイレクトトレードにチャレンジし続けていきたいと思う。

〈来月にはボリビア・ペルーへ〉

『TYPICAさんを通じて購入しているコーヒー生豆の中で、特にお気に入りの産地はありますか?』と聞かれたら、ボリビアとペルーが真っ先に思い浮かぶ。

たった数袋しか生産されていない小規模な農家さんのコーヒーが、本当に素晴らしいコーヒーだったりする。そんな奇跡のようなコーヒーが、ボリビアやペルーにはたくさんある。

サンプルをカッピング(テイスティング)する時は、宝探しのような気持ちでわくわくするし、ボリビアとペルーは実際に購入したコーヒーに対して、お客様の反応が特に良い産地でもある。

そんなこともあり、訪問したい生産国のアンケートにはボリビア(候補にはなかったが、あわよくばペルーにも…!)を第一希望にした。

幸いにも願いが叶い、来月には尊敬するロースターの方々と南米へ飛び立つ。

お客様にも、この2ヶ月ほどかけて9月にボリビアに行ってきますとお伝えしてきた。正直、2週間以上も店を閉めることにネガティブな反応がないか心配していたが…それは杞憂だった。

自分のことのように喜んでくれたり、体調面の心配をしてくれたり。TYPICA Labの企画のおかげで、改めてあおもりの方々の優しさを感じている。

どんな出逢いや感動が待っているのか。

体験したこと、学んだことをしっかり還元できるように。少しずつ準備を進めていきたいと思う。