つまみ食い

全てのプログラムが終わり、帰路についている。
日本国内、そして韓国から集まった仲間たちと過ごした10日間。
毎晩のように酒を飲み交わし、たくさんの話をした。
その中で、コーヒーに対して自分が抱いている疑念や将来のイメージ、そして使命のようなものが前よりも明確になったように感じているので、それを綴り記録しておこうと思う。
.

品質の差別化を図り、マーケットプライスからの脱却を目指して誕生したスペシャルティコーヒーという概念は、その味わいの体験やコミュニティ形成の性質から多くの人を虜にし、今日まで拡大し発展してきた。
特別な地理的条件や微細気候、そして作り手たちの情熱の賜物として誕生するスペシャルティコーヒーは、まるで世界中に散らばる宝物のようであり、僕自身、それに出会うことを期待してこれまでさまざまな生産国へ旅を続けてきた。
いつしかなじみとなった何人かの生産者とは毎年会う親戚のようになり、より深く、お互いの人生を語り合うような時間が増え、その頃からようやくスペシャルティコーヒーの全景が見え始めたのだ。
.

品質のピラミッドに例えられるように、スペシャルティコーヒーの生産量はひとつの畑からごくわずかであり、どのようにそれを手に入れ消費者へ届けるかが、僕たちロースターの枠割といえるだろう。
しかし、畑では圧倒的多数の『それ以外のコーヒー』が生産されている。
極端な例えをするとしたら、農作物の特性上、一本の木からトップオブトップのスペシャルティコーヒーと、加工品に使われるような粗雑な品質のコーヒーの両方が誕生している。
その基本原理を考えた時、僕たちスペシャルティコーヒーロースターがおこなっている買い付けは、いわゆる『つまみ食い』のようなものであり、畑や生産者に対して、使用者としての責任をあまり果たせていないのではないだろうか。
.

ごく一部のスペシャルティグレードのコーヒーのみ高額で取引され、それ以外のコーヒーは相変わらず市場価格で買い叩かれる。
生産者の立場から代弁すると、双方ともに愛され方は同じはずなのにだ。
.

スペシャルティコーヒーの価値を引き上げ希少性を伝え続けることは、未来に向けてもはや本質ではない。
つまみ食いを止め、適正に取引されたコーヒーを多く世に流通させ、あらゆる境界線を超えたコーヒーシーンを作っていくことが、僕らがまだ知らない未来を生み出していく。
.

僕らが虜になったスペシャルティコーヒーは次のフェーズへと進んでいる。
それに対する挑戦が、これからの僕らには求められているだろう。
大好きなコーヒーをこれからも人生のそばに置き、コーヒーがつなぐ不思議な縁を感じ続けるために。
そして子どもたちや次世代に残すために。